2015.10月
主宰句
まめまめしく水飲み二百十日かな
鬼灯の一つみどりやお中日
水澄みて蛇をあやめし話など
厚き書をひらきて後の更衣
風の日の糸瓜の貌の古りにけり
すぐそこに湖荒るる穴惑
普段着でどうぞと月の案内状
とりつぎの声の通りし月の土間
谷間をはづみつつ来る月のバス
へうたんが遠忌の端に揺れゐたり
巻頭15句
山尾玉藻推薦
子の机つかひ継ぎをり月涼し 小林 成子
山鉾のゆくてゆくてに空ひらく 蘭定かず子
蓮見舟朝餉の芥流れきし 鱶澤 鱶
漬もん屋が前垂れ外す山車のこゑ 奥田 順子
喉通るときじゆんさいの味したり 山本 耀子
薬効のありて薬草いきれかな 山田美恵子
青葦に貧しき額さらしけり 大山 文子
草刈の乳房ぐいと乗りだせり 坂口夫佐子
もう一度首振り毛虫焼き始む 田中 文治
青空は何もこぼさず蟻地獄 涼野 海音
醤油屋の梁に梯子が夏旺ん 西村 節子
朝顔やまだ音のなき祇園町 松山 直美
凌霄に夕べの風の落ち合へる 林 範昭
あをあをとゴーヤ太らせ昼灯す 井上 淳子
金魚屋の濡れゐし地べた蝶の来る 湯谷 良
今月の作品鑑賞
山尾玉藻
子の机つかひ継ぎをり月涼し 小林 成子
独立された子供さんが残していかれた勉強机を、今は作者が専用に使われているのでしょう。ときおり歳時記や辞書をめくる手を休めいろいろの疵やペン跡に目を遣りながら、子供さんの昔を思い出されるのかも知れません。「月涼し」に親としての満ち足りた心情が見て取れます。
山鉾のゆくてゆくてに空ひらく 蘭定かず子
山鉾巡行の四条通も河原町通もさほど広い道路ではなく空も狭い感じがします。ゆっくり揺れながら進む山鉾は狭い空を左右前後に打ち払って行くようです。しかし作者の感覚は全く逆、空が自ずと開けて行くようだと見ています。なるほど、京の空が今日の鉾巡行を久しく待ち望んでたように感じられてきます。
蓮見舟朝餉の芥流れきし 深澤 鱶
蓮見舟に乗った経験はないが、蓮の花々を巡っていると極楽浄土を辿っているような尊い思いになるのでしょう。そこへ飯粒や野菜屑が流れてきたら如何でしょうか。作者も忽ちに現実の世界にひき戻されたに違ありません。
漬もん屋が前垂れ外す山車のこゑ 奥田 順子
祇園祭後祭の嘱目詠。山車が近づいてくる声にじっとしておられなくなった漬物屋の主人が、思わず前垂れを外したのです。「漬もん屋」がいかにも京都らしいですね。
のど通るときじゆんさいの味したり 山本 燿子
元よりじゅんさいには味がありません。しかしつるりと喉を滑り落ちる時のあの感覚はなんとも快く、それがじゅんさいのじゅんさいたる所以だとも言えるでしょう。だからこそ作者はその快感を「じゅんさいの味」と述べたのです。何とも的を射た物言いです。
薬効のありて薬草いきれかな 山田美恵子
薬草園の草ぐさにそれぞれ効能書きが添えられているのでしょう。それを詳しく読みながら巡っていた作者は、急に強い草いきれを感じ始めた様子です。草いきれの原因が「薬効のありて」と断定して納得させる力があります。
ボンネットあまた輝き夏休 藤田 素子
辺りから子供たちの元気な声が響いてくるような、テーマパークか大規模な商業施設の駐車場の景でしょうか。夏の日射しを浴びてあらゆる車のボンネットが眩しいような輝きを放ち、まるで真っ盛りの夏と子供達を称えているかのようです。「夏休」の句に類想がないでしょう。