2024.1月

 

主宰句 

 

隼人瓜鬼の山風握り締め

 

前を行く腰に揺れゐし鴨の首

 

コンビニの四角く煌と時雨れけり

 

篁の敷き藁にこそ霜の花

 

白息が白息へ鯉渡したる

 

義士の日は女遅れをとりし如

 

着膨れの子の唱へし異なかなかな

 

またの名の猩々木の色なりけり

 

机居のさきはひ鴨のつづき飛び

 

臘日の父の机の紙と筆

 

巻頭15句

     山尾玉藻推薦           

 

木瓜の実の掌にしつくりとくる歪   坂口夫佐子

 

せつせつと芋虫の斑の波打てる    蘭定かず子

 

布裁つて月の畳を散らかせり     今澤 淑子

 

月明へ叫びの咽を鵙の贄       山田美恵子

 

水際の冷えまさるまま熟柿かな    松山 直美

 

蟷螂の斧振りかざしつつ脇見     湯谷  良

 

引く波に貝殻の鳴る後の月      上林ふらと

 

威銃山襞深く留まれり        福盛 孝明

 

母杖は要らぬと立てり冬の虹     大東由美子

 

家系図に伏せ字の一人雁の声     亀元  緑

 

豆にほの闇の果てより着陸灯     大内 鉄幹

 

邯鄲のこゑ小波のごと吹かる     永井 喬太

 

新しき畝暮れ易し木守柿       石原 暁子

 

山の子の水運び来る馬の市     するきいつこ

 

口論に割つて入りける走り蕎麦    五島 節子

 

今月の作品鑑賞 

         山尾玉藻         

木瓜の実の掌にしつくりとくる歪  坂口夫佐子

 「木瓜の実」は掌に納まる程の大きさですが、ごつごつとして歪んでいます。今作者の握る拳の中にその実がなんの違和感もなく収まっているのです。「しつくりとくる歪」の真逆の表現は、簡単そうでなかなか容易には生まれない表現でしょう。大き過ぎず小さ過ぎず、でも歪んでいる木瓜の実を巧みに言い得ました。

せつせつと芋虫の斑の波打てる  蘭定かず子

 「芋虫」の中ですずめ蛾の幼虫の体の側面には小さな黒い斑点があり、体を運ぶと斑点が波のようにうねります。「せつせつ」の修辞が非常に効果的で、芋虫が懸命に或いは懇ろに身を運ぶ様子を目の当たりにすることが出来ます。

布裁つて月の畳を散らかせり 今澤 淑子

望月の夜、座敷で裁縫の布を裁っているのでしょうか。月光に照らされた畳の上に、時おり裁ち屑が月明を浴びながらひらひらと降る景は、なんと艶やかでしょう。布地はサテンか絹だったのでしょう。

月明へ叫びの咽を鵙の贄   山田美恵子

 月明り下、枝先に「鵙の贄」がそっくり返り、よく見るとそれは喉を露わにし、口をあんぐりと開き、凄まじい形相を呈していたのです。「月明へ叫びの咽を」は観察眼を効かせた作者のこころの写俳句と言えます。一読して忽ち鮮明な景を思わせる一句です。

水際の冷えまさるまま熟柿かな  松山 直美

 秋冷の頃、水の際の柿の木に熟柿が眩しい程に光っています。辺りが冷え込む中、水も冷え冷えと光り、それに呼応するように熟柿も一層輝き返しているのです。「冷えまさるまま」が臨場感を高めています。

蟷螂の斧振りかざしつつ脇見 湯谷  良

 「蟷螂の鎌振りかざし」まではよくみかけるフレーズですが、「つつ脇見」のてのひらを返したような結びが非常にユニーク且つ印象的です。蟷螂にとって危険は四方八方に潜んでいるようです。

引く波に貝殻の鳴る後の月  上林ふらと

 引く波は浜辺の小石や海草、時には芥をも攫って行きますが、中で最も心惹かれるのは「貝殻」が攫われる景でしょう。しかも貝殻が微かな音を伴って攫われてゆく景から、貝殻が声を上げているようにさえ思えてきます。冷ややかな「後の月」との取り合わせにより、静謐なロマンが生れました。

威銃山襞深く留まれり    福盛 孝明

 遠山から「威銃」が響いてくるのですが、耳をつんざくような音ではなく、どこか籠ったような音なのです。見ると遠山には深々と襞が畳まれていて、なるほど山深い奥の方からする音なのだと納得する作者です。

母杖は要らぬと立てり冬の虹 大東由美子

 作者が母上の身を案じて用意された「杖」でしょうか。しかし母上はそれをやんわりと断わられ、ゆっくりと立ち上がられたのでしょう。「冬の虹」が母上の気丈さを過不足なく語っています。

家系図に伏せ字の一人雁の声 亀元  緑

 「伏せ字」にされているのはどのような人物なのでしょう。「家系図」のその箇所だけが大いにミステリアスで、なにか物語がありそうです。「雁の声」に耳を傾けつつ、あれこれ思いを巡らせる作者です。

豆にほの闇の果てより着陸灯 大内 鉄幹

 一帯は収穫された大豆の藁塚が立ち並ぶ闇夜。今、遥かその果てから飛行機の「着陸灯」がこちらへと向かってきて、不意に藁塚の群が闇に浮かび上がります。広大な北海道ならではの景を見事に映像化しました。

邯鄲のこゑ小波のごと吹かる 永井 喬太

「邯鄲」は鈴を振るような流麗でか細い声で鳴きます。その声がする辺りに少し風が出てきたのでしょう。風に吹かれ始めた邯鄲の声を「小波のごと」と捉えた点に、独自の感情移入があります。

新しき畝暮れ易し木守柿   石原 暁子

 新しく立てられた畝にはまだ何も育っておらず、野菜などが青々育つ他の畝に比べ頼りなげで存在感がないのでしょう。「暮れ易し」の感慨がそれを述べています。それとは対照的に近くの「木守柿」はいつまでも暮れ残っていたのでしょう。取り合わせが巧みです。

山の子の水運び来る馬の市 するきいつこ

 農業の機械化やトラックの普及等で、最近は「馬市」はさびれたようですが、地方では今も開かれているのでしょう。馬が育つ牧場の子供でしょうか、馬の為に飼葉桶の水を懸命に運ぶ健気な様子が描かれました。